まいです。今日は私の地元富山について書いてみようと思います。
私は神通川が富山湾に流れ込むエリアで育ちました。いわば港町ですよね。ホタルイカや寒ブリが水揚げされて小さい頃から魚を食べて育ってきました。父は地元のサラリーマンで母は専業主婦でした。奥田小ー奥田中とすすみ、高校はいづみ高校です。ここは2002年まで女子校だったので女子の比率が高いです。先生も女性の先生が多いというちょっと変わった学校でした。私は普通科だったのですが看護科なんてほとんど女子でしたから。高校時代に父が独立してIT関連の会社を立ち上げました。富山でIT関連の会社が儲かるのか全くわかりませんでしたが独立して数年後、父の車がマークIIからBMWの新車に変わったので決して悪くはなかったのだと思います。周囲でお父さんがBMWやベンツに乗ってる子というのはいませんでしたのでなんとなく周囲が私を見る目つきが変わったような感じがしました。高校を卒業してから2年間東京の短大に行きました。母の実家が三鷹なんでそこに間借りして通学しました。三鷹から3駅にある学校でした。短大時代の2年間は本当にあっという間。気がつけば就職活動で、私は富山に戻ることに決めました。やっぱり東京の空気は自分にはあわないと感じたのです。すぐそばに海があり、そしてちょっといけば山もある空間に身をおいてないと息詰まる感じするのです。そこで父のコネもあり今の保険会社に就職したのです。なんでも父のIT会社というのは保険のセールスマンが持って営業をする端末をプログラムする会社なのだそうで、新潟や石川、そして東京の保険会社もその優れたパフォーマンスを高く評価しているとのこと。
そんなふわふわと海辺をただようクラゲのような感じで今まで生きてきました。彼氏も去年できました。彼は高岡のかなり知名度のある会社の御曹司なのですけど、まだつきあって半年なんでこれからどうなるかわかりません。次回は彼について書きたいと思います!